にわとり残酷物語 | 衆議院議員 森 英介

にわとり残酷物語

千葉県畜産会長 森 英介

  焼鳥、鳥の唐揚げ(フライド・チキン)、鳥の丸焼き(ロースト・チキン)、鳥の水炊き、鳥そぼろ、つくね、鳥の照焼き、鳥の白蒸し、手羽先炒め、親子どんぶり,鳥ガラ・スープの素・・・。また、目玉焼き、オムレツ、ゆで卵、煎り卵、玉子焼き、だし巻卵、温泉たまご、かに玉、茶碗蒸し、各種卵とじ、そして、勿論、生たまご・・・。鶏肉と鶏卵とは、私たちの食生活において、無くてはならぬ食材であり、タンパク源である。洋の東西を問わず、老若男女を問わず、鶏肉あるいは卵を全く口にしない人というのは、そんなに多くはないだろう。
 かつては、卵を産むにわとりと食べるにわとりとは、同じにわとり(卵肉兼用種)であった。田舎では、秋祭りの時などに、庭先で飼っているにわとりの首を絞めて、さばいて、お客にふるまったりしたものである。しかし、我が国でも、昭和40年頃から、アメリカで開発された肉専用種であるブロイラーが導入され、急速に普及した。ブロイラーとは、ひなを殆ど運動させず、配合飼料で育てた若鶏を言う。成長が著しく早い。たとえば、日本の子供たちも大好きなケンタッキー・フライド・チキン。その材料となっているブロイラーなど、卵からかえると、見る見るうちにいっぱしの若鶏になってしまって、四十五日目には人間の胃袋に入ってしまう。誠にはかない一生である。

 今日では、私たち日本人は、すっかり、ブロイラーの軟らかで、ジューシー(水分の多い)な肉に馴れ親しんでしまい、普通に育ったにわとりの肉では、硬すぎて、口に合わなくなってしまった。一方、採卵用のにわとりの方は、産卵能力に重点を置いて品種改良が進み、ひいき目に見ても、食肉用には適さない肉質になってしまった。従って、採卵用のにわとりがその任務を終えて食用に転用される場合も、専ら、ハンバーグやミート・ボール、また、ハム、ソーセージあるいはペット・フードなど、加工原料用に使われる。

 いま、日本全国では、およそ一億四千羽の採卵用のにわとりが飼育されている。一体、この国のどこにそんなに沢山のにわとりがいるのだろうか、と思う人も多いのではないか。我が千葉県は、鹿児島県に次いで全国第二位の鶏卵生産量を誇るが、その千葉県にして、田園地帯を歩き回っても、そこら中でにわとりの姿を見かける訳ではない。養鶏場が大規模化し、空間を効率的に利用するようになったために、あまり目立たずにこれだけ膨大な数のにわとりが飼育されているということだろう。

 採卵用のにわとりは、言うまでもなく、これ、全て雌鳥である。雌鶏は、平均すると、一日当り0.8個の卵を産む。日本の人口は、約1億2千万人であるから、大体、一人当り一日一個の卵を食べている勘定になる。余談になるが、これが、一日二個になると、現在、大変な苦境にある養鶏業界の経営は、格段に楽になることだろう。

 狭いところに閉じ込められて、来る日も来る日も卵製造機の如く卵を産み続ける雌鶏というのも、なかなか難儀な境遇である。だが、もっとみじめなのは、採卵用のにわとりの雄である。採卵を業とする養鶏場には、一般に、「孵卵場フラン」から、雌のひなが供給される。しかし、孵卵場で、卵を孵化すると、当然のことながら、ほぼ半数は雄である。この雄たちは、コストをかけて育てたとしても、もとより卵は産まないし、かといって、食用にも適さない。従って、人間の側からすると、どうにも使い道がない。昔は、縁日などで、テキヤがひよこを売っている光景を良く見かけたものであるが、最近では、そうした需要も殆ど無くなった。そこで、この雄のひよこたちは、ようやく卵の殻を破って出て陽の目を見たのも束の間、直ちに「産業廃棄物」として処分される運命にある。

 孵卵場では、卵からひながかえると、まず、雌雄の選別が行われる。雄のひなは、選り抜かれ、塩化ビニール製の箱の中にポイポイと放り込まれる。箱がひなで一杯になると、その箱は、場内の片隅に無造作に積み重ねられて行く。
上段の箱の中では、すし詰めになったひよこたちが元気良くピヨピヨと鳴いている。ところが、下段になるにつれ、積み重ねられた箱の重みで、ひよこは、押しつぶされて行き、最下段の箱ともなると、黄色っぽい羽毛の敷物の如く平らになってしまって、もはや、一羽一羽の境界さえ定かでない。この様を目の当たりにしたとき、私は、の悲哀をしみじみと感じざるをえなかった。

 ところで、採卵用の雌鶏が卵を産むようになるのは、卵からかえって四、五ヶ月目からである。それから、ほぼ毎日のように卵を産み続け、およそ一年間で一丁上がりとなる。その期間を過ぎても、勿論、卵を産まなくなる訳ではない。しかしながら、生産性が低下したり、卵の殻が軟らかくなってしまったりして、商品価値が低下してしまうのである。食品に対する品質要求が厳しい某大手スーパー向けの卵を採取するにわとりについては、実働期間は更に短く、わずか十ヶ月間でお払い箱である。ついでながら、同じにわとりでも、人間で言えば思春期の乙女に相当するような若鶏の頃に産む卵は小ぶりで、月日が経って成長するに従って、卵のサイズが次第に大きくなってくる。市販の卵は、大きさによって、S(小)、M(中)、L(大)、LL(特大)などと分類されているが、一般に、サイズの大きいものほど、月齢を経たにわとりが産んだ卵ということになる。

 こうして養鶏場でお役御免となった雌鶏は、生きたまま、「廃鶏業者」に引き取られる。廃鶏業者は、そのにわとりを処理して、鳥肉店の店頭に並んでいる所謂“丸のままの鶏肉”と同じような状態にまで加工する。と言っても、この鶏肉は、そのまま鳥肉店や焼鳥屋に出廻ることは殆どない。前述したように、従来は、主として、加工原料用などに向けられてきた。ところが、困ったことに、近年は、その用途さえ、中国など外国から入ってくる安価なブロイラーの冷凍肉にとって代られつつある。このまま行けば、廃鶏業者が折角手間をかけてにわとりの処理をしても、採算のとれる販路が無くなってしまう。因みに、廃鶏業者のところで行われるにわとりの処理には、1キログラム当り二百円以上の費用がかかる。中国から輸入される冷凍ムネ肉の価格は、1キログラム当りわずか百円かそこらである。こんな状況のもとでは、養鶏場でご用済みとなった雌鶏もまた、雄のひなと同様、「産業廃棄物」への道を辿らざるをえないことになる。

 卵を産んだり、人間に食べられたり、はたまた、ちょっと格は落ちるが、他の動物の餌になったり、農作物の肥料になったり、そういう多少なりとも意義のある用途に供されるのであれば、にわとり達としても、まだしもこの世に生れた甲斐があったというものだろう。だが、産業廃棄物と同じように扱われてしまっては、いくらにわとりといえども、些か不本意なのではないだろうか。


(房総及び房総人 H13.8)より