八月三十一日 | 衆議院議員 森 英介

八月三十一日

衆議院議員 森 英介

 「八月三十一日」と言っても、何の日かおわかりになる方は、殆どいらっしゃらないだろう。何を隠そう、この日は、私が敬愛してやまない房総社の主宰者、瀧澤清さんのお誕生日なのである。そして、憚りながら、私、森英介の誕生日でもある。私が昭和二十三年生れの子年であるのに対して、瀧澤さんは、昭和三年生れの辰年。ちょうど二十歳ちがいということになる。

 私が瀧澤さんの知遇を受けるようになったのは、衆議院議員であった亡き父の後を継ぐ決心をして選挙準備に入った昭和六十三年のことである。爾来、瀧澤さんには終始温かいご激励をいただきながら、およそ一年半、房総半島を東奔西走し、平成二年二月の総選挙で幸い初当選することができた。その後、いつの頃からか忘れたが、毎年八月三十一日に瀧澤さんと二人でお互いの誕生祝いの会をやるようになった。いや、正確に言うと、二人だけではなく、瀧澤一家とも言うべき瀧澤さんを慕う気のおけない仲間がいつも四、五人参加してくれる。八月三十一日があいにく日曜・祝日に当っている場合には、その前後の日にずらすこともあるが、この誕生会は、かれこれ十年ばかり欠かさずに続いている。

 要は、飲み、かつ、食らいながら、談論風発した挙句、二次会に流れてカラオケを歌うという他愛のない会である。初めのうちは、おでん屋だとかお寿司屋だとか、その都度、適当な場所を見つくろって開催されていた。しかし、四、五年前から、一次会は、銀座の「鳥一」という何の変哲もない焼鳥屋で開かれるのが慣わしとなった。なぜ、そういうことになったかと言うと、この店のばあさん(失礼!)が、昭和三年八月三十一日生れ、つまり、瀧澤さんと全く同じ生年月日なのである。ある時、瀧澤さんが偶然この店に行って、その事実が判明してから、私たちの誕生会の会場は、「鳥一」以外、考えられなくなった。

この会は、今や、私の最も楽しみな年中行事である。

 瀧澤家と私どもの一統とは、三代に亙るおつきあいである。いま、こうして、私が瀧澤さんに可愛がっていただいているのは、先祖の引合せにちがいない。しかし、ただそれだけではなく、瀧澤さんと私とが誕生日が同じであったというのも、何かの縁のように思われてならない。私が国会議員になって本当に良かったと思うことの一つは、会社勤めを続けていたらおそらく相見えることの無かった瀧澤さんをはじめふるさと房総の多くの素晴しい人々と出会うことが出来たことである。








(房総及び房総人 H14.4))より